2011年2月26日土曜日

私の普通校体験談 ~小学校3・4年生のころ~

こんにちは。viwaスタッフの渡邊です。

以前このブログでは、Yujiが中学時代を中心に普通校体験を書いていました。
今回は私の普通校での体験を
小学校3~4年生を中心に書かせていただこうと思います。

私は生まれつきの弱視ですが、幼稚園を含めずっと普通校でした。
その普通校での生活の中で、この小学校3・4年生のころが、
ある意味で一番つらかったように思います。
その時期ずーっとつらいことばかりだったと言うわけではありませんが、
楽しい思い出がありつつも、いやなことが結構多かった時期です。

このころが一番、自分のことについて気づかされることが多かったように思います。
だんだんと、自分とほかの子供との違いに気づいていく時期でした。

その頃までは、例えば、自分が教科書に目をものすごく近づけて読んでいることすら、
自覚がありませんでした。
もちろん、実際には、5センチくらいまで目を近づけているのですが、
そういう姿で読んでいるなんて自覚はなく、
ほかの友達と変わらない姿・姿勢で読んでいると思い込んでいました。
それが、ちょっと意地の悪いクラスメートに自分の読んでいる姿をマネされたり、
からかわれたりといったことが何度かあって、
自分がほかの子供と違う姿で教科書を読んでいるということに、初めて気づかされました。

他にも、自分はまっすぐ視線を向けているつもりなのに、
中心視野の問題で実際の黒目は違うところを向いてしまっていることも、
自覚するようになったのはこのころかもう少し後で、
やはり、視線を操れないことを
「どこ向いての~」「こっち向いてみろよ~」
と言う感じでからかわれたことがきっかけだったと思います。

ちょうどこの時期は、障がいのあるなしにかかわらず、
自分と他人との違いを強く意識するようになる時期なんですね。

でも、そんな時期に心の支えになってくれていたのが、
仲の良い友達と、そして、勉強は人並みに出来るという自信、だったように思います。

その頃の私は、身近には弱視の友達はいませんでしたから、友達はみな健常者でした。
その頃、私は鉄道ファンで、同じように鉄道が好きな友達と仲良くしていました。
彼らは、絶対に私をからかったりしないし、逆に、気遣ったりもしませんでした。
まったく普通に、私が弱視だと言うことをあまり意識せずに付き合ってくれていたと思います。

今思うと、そういう友達がいたことによって、
自分と普通に付き合ってくれる人の方が多数派で、
自分をからかったり、区別したりする人はごく一部なんだ、
ということを自然に学習できていたのだと思います。
「たいていの人は自分と普通に付き合ってくれる」、そう思えることが、
実は健常者社会の中で生きて行くうえで、大きな力になっているように思えます。

それから、勉強だけは人並みに出来るという自信も、力になっていたと思います。
勉強に限らず、なにか得意なものがあれば、
多少バカにされたりしても、がんばることが出来るのだと思います。

自分と他の子供との違いに気づくことも、
違っていてもそれを気にせず付き合ってくれる友人がたくさんいること。
小学生時代の普通学校での経験から、たくさんんことを学んだ気がします。

��年生・4年生の時期は、確かにそうやってからかわれたりマネされたりと、
いやなこともありましたが、中の良い友達との楽しい思い出もたくさん残っています。
そして、小学校高学年から中学校、高校へと、
真似されたりからかわれたり、
そういういやな思いをすることは少しずつ減っていったように思います。
大人になるにつれてそういうことはしてはいけないのだと理解し、
外見や身のこなし方ではなく、
性格や趣味といった内面的な部分で人を見ることが出来るようになっていくからなのでしょう。

高校、大学時代なんて、楽しい思い出しかないように思います。

Keywords:
障害理解,弱視,健常者,小学生,普通学級

0 件のコメント:

コメントを投稿